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日本での栽培



■プルーン発祥の地 佐久地方

 日本にプルーンが入ってきたのは明治初期で、気候が似ている長野県と東北地方で少し栽培されましたが、定着はしなかったようです。

 その後、昭和初めに軽井沢の教会に来た外国人宣教師によってプルーンが植えられ、それを長野県の臼田町の土屋喜八郎氏が自分に庭に接木して栽培し始めましたが、戦争で中断してしまいました。昭和30年代後半に臼田町で栽培が再開され、最初は、「ブドウ・スモモ」と名づけたようです。

 そして、昭和45年に長野県の佐久地方を中心に水田転作用の作物として栽培が広がりました。昭和55年には、プルーンが健康食品として注目され始め、全国各地に栽培が広がり本格的にプルーン栽培が普及し始めました。その後、プルーンジャム、ジュース、ワイン等が開発されています。
土屋喜八郎氏
日本で最初にプルーンを栽培した土屋喜八郎氏
日本初のプルーンワイン
日本初のプルーンのワイン



■日本でのプルーン栽培の歴史

明治初期 日本に導入され、気候が似ている長野県と東北地方に入ったが、少し栽培されただけで、日本には定着しなかった。
昭和初め 佐久に導入。
軽井沢の教会に来た外国人宣教師によって植えられたのが始まり。臼田町の土屋喜八郎氏が自分に庭に接木して栽培を始めたが、戦争で中断した。
昭和30年代後半 臼田町で栽培が始まる。最初は、「ブドウ・スモモ」と名づけた。
昭和45年 佐久地方を中心に水田転作用の作物として栽培が広がる。
昭和52年 臼田町農協において商品名「プルーン」で初めて市場出荷され、好評を博す。
昭和54年 佐久地方において、在来種の中から優良系統が選抜され、「サンプルーン」と命名される。
昭和55年 プルーンが健康食品として注目され始め、全国各地に栽培が広がり、本格的にプルーン栽培が普及し始める。
昭和60年代 雨よけハウスの導入。
ワイン、ジュース、ジャムの開発。



■日本でのプルーンの生産量

 2008年のプルーンの生産量は全国で3,169トン、そのうち長野県での生産量は1,960トンで、日本の生産量の61%を占めています。
 特に佐久地域は、プルーン生産の発祥地で、県内はもとより全国的にみても良質のプルーンが生産される先進的な産地として知られています。長野県のプルーンの約3割を生産しています。

 ちなみに、日本における2006年のリンゴの生産量は85万トン、スモモは2万トン。プルーンの生産量はリンゴの1/250、スモモの1/6です。
日本のプルーン生産量
日本でのプルーンの生産量2008年度
(農林水産省:特産果樹生産動向調査H22)
プルーンの栽培面積
プルーンの栽培面積の品種別比率2008年度
(農林水産省:特産果樹生産動向調査H22)



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